イランでのあの日を思い出す
ナマステ、ケイシーです。
アメリカ・イスラエルのイランや周辺諸国への攻撃が始まって、思い出すのは2013年に世界一周中に立ち寄ったときのイランの街並み。
美しいムスクと、そこに住む人々の顔。
ウクライナ攻撃のときも、私はチェルノブイリに行くために宿泊したお気に入りの首都キエフのこと、そこに住む人々のことが脳裏に浮かんだ。
旅先では困ったことも往々に起きたけど、人々に助けられたことも沢山あった。
例えばイランはネットがあまり通じなくて、宿泊先の宿でネットサーフィンすることもできなかったので暇していたら
現地の黒いヴェールをまとった美しい目をした若い女性が話しかけてきた。
聞けば近くの大学生で、大学の論文を書くためのこの宿の宿泊客にアンケートをとっているところらしい。
私はもちろん暇つぶしに参加したのだけど、その間彼女は宿泊客に自ら話しかけようとせず、イトコの女性と私の前に座っていた。
「ロビーにいる他のひとに声かけないの?」
そう聞くと、ばつが悪そうにもじもじとしている。
ああ、そうか。シャイなんだな。そんな状態でも統計が必要、つまり大人数からアンケートをとる必要のある論文を書きたいなんて、彼女なりに努力しているんだ。
「良かったら私もアンケートとるの、手伝おうか?」
自然とそんな言葉が口から出ていた。彼女の顔がパッと明るくなった。
それから小一時間して、彼女が想定していた量のアンケートが集まって、ほっこりとした表情の彼女。
私もとても幸せな気持ちになった
「ところで・・」
おもむろに彼女が口をひらくと、
「こんなに親切にしてくれて、有難う。もしよかったら、お礼にここからすぐに私の家ので昼食をごちそうしたいんだけど、どう?」
何も見返りを期待してはいなかったし、私にとってはただの暇つぶしだったのでこちらこそ貴重な経験を・・というところだったが、地元のひとの家に入ることができる機会は貴重なので、2つ返事でOKした。
でも、旅人が睡眠薬を盛られてみぐるみはがされて気が付いたら病院のベッド、とかはよくある話なので、最低限の現金と、あとホテルの自分の荷物の中に緊急連絡先の置手紙を置いて出発した。
彼女のお兄さんというひとが乗用車でホテルの前まで迎えに来て、それに乗ると
「どこか寄りたいところなはい?」と聞いてくれた。
「うーん、あ、そういえばイランに入ってからというもの、ずっと自分の服装が気になっていて・・女性が身に着けている黒いヴェールを買いたいです」
イランは観光客にさえ頭にスカーフを巻くことを義務づけるくらい、非常に厳格な国で、知らずに歩いていたら私は娼婦と間違えられて地元の若い男性に電話番号を渡されたりして、そんな状況に辟易していたので。
そうしたらそのお兄さん
「今日は㈮でムスリムの休日だから、どれだけ店が開いてるかわからないけど・・さがしてみよう」
2,3件回って、本当にどこもあいてなくて、最後にやっとヴェールを見つけてくれた。日本円で2000円くらい。
そのお兄さん、なんとそのヴェールを買ってくれた。見ず知らずのさっき会ったばかりの他人の私に。
「あなたは旅人だから、私たちからのギフトです」と
そのあと、実際に彼女の家に案内されたら、表向きの乾燥レンガでつくられたシンプルな家とはうってかわって、中はいくつも部屋のある豪邸だった。
床にはふかふかの絨毯、大きな広間には30人くらいが入れそうなスペースと、壁際にある応接セットは裕福な家庭であることを示していた。
そこに座らされ、まずはみずみずしいメロンがでてきた。イランは乾燥したオレンジ色の砂漠の町だけれど、こうしてみずみずしい果物もあるのだなと感動した。
お兄さんやお父さんが向かいの応接セットに座り、日本のことなどを聴いてくれた。
彼女はキッチンらしきところにひっこんで、お母さんと一緒に料理していた
女性が生活全般の家事をやるのは、どこの世界も似ているらしい
そのうち、床に敷物が敷かれ、蒸した米のうえに手羽先が乗った料理や、サラダなどの家庭料理がいくつも並べられた
奥からおじいちゃんも出てきて、家族がそろって床に片膝をつきながら食事が始まった
彼女が「このひとは、私の大学の論文の手助けをしてくれたのよ」と現地の言葉で紹介してくれたようだった
皆優しく、善良な家族だった
食事が終わると、また食後のデザートも出てきて
それが終わると
「よかったら、部屋で少しよこになっていきなさい」
と個室をあてがわれた
何が起こっているのかわからなかったけどw
少しだけ、彼女を疑った自分に罪悪感を感じながら
とりあえず30分くらいベッドに横にならせてもらった
ピンクを基調にした、かわいらしい女の子のお部屋だった
砂漠の乾いた風が、窓にかかる綺麗なレースのカーテンを揺らしてここちよい午睡の時間をそこで過ごした
「そろそろ帰りますね」
と声がけをすると、
「持っていきなさい」
とお母さんがヤギのミルクでできたキャンディといくつかの焼き菓子を袋一杯にもたせてくれた
一気に、アラブ諸国の方々の印象が変わった出来事だった。
ムスリムの人々は静かで、友人知人を大切にして、人生を楽しむことが大好きな、そんな、私たちと変わらない一般の善良なひとが多いのが現実なのだと
世界で起きている多くの争いは、もしかすると一部の権力や政治、情報操作の中で作られている部分もあるのかもしれない。
人々が本当に望んでいるのは、報復ではなく、ただ平和に暮らすことなのではないか。
そんなことを考えるようになった。
だからこそ、あの家族の顔を思い出すと、胸が少し苦しくなる。
どうか世界中で攻撃を受けた人々の心の痛みが、少しでも和らぎますように。
そんなことを静かに瞑想する夜。